ふとんの下に何かある。

ただ、楽しく生きる。

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hozon

ぼくさん、勝手に保存します。
ぼくさんの最後の記事。





弟に頼まれて代わりにわたくしがこの記事を書くことになりました。
本人が書くことができないことをお詫び申し上げます。

弟は9月24日に亡くなりました。9月の中頃には一旦小康状態になり、食欲も戻り、会社の方が見舞いに持ってきてくださったプリンをおいしそうに食べていました。家族は皆、もしかしたら回復してくれるのではと期待したのですが、わたくしたちの期待もむなしく帰らぬ人となってしまいました。

昨日、四十九日の法要を終えました。わたくしたち家族もようやく弟の死を受け入れられるようになりましたが、それでも今までのように突然遊びに来るのではないかと思ってしまいます。
今頃、あっちで何をしてるんだろうとか、元気でやってるのかなどふと思ってしまったり。
それがとても馬鹿げたことだと解っています。それでも弟には映画で見た「天国の本屋」の主人公たちのような生活を天国で送っていてほしいと思ってしまうのです。

弟は親しい人たち一人一人に手紙を書いておりました。こちらの方々にも感謝の意を伝えてほしいとあり、皆様宛ての手紙を預かっております。弟が胸のつかえを軽くできたのはこちらの皆様のコメントがあってのことだと弟から伺っております。
大変遅くなってしまいましたが、こちらに記します。

皆様へ

皆さんに今までのお礼が言いたくてこの手紙を姉に託します。
敵は結構手強いです。
全力を尽くして、この手紙が無駄になるようにがんばりますが、
もし皆様がこれを読まれているなら
ぼくは手強すぎる敵に勝てなかったと言うことです。

だけどこれだけははっきり言えます。
ぼくはこれを書いている今、一所懸命がんばってます。
どんなに敵が手強くても絶対に試合を途中で投げ出したりなんかしない。
正々堂々戦い抜きます。

記事は伏せてしまいましたが、
家族や友達にも言えなかった悩みをここに打ち明けた時、
皆さんがたくさんのコメントを下さいました。
時には優しく、時には厳しく、
本当に正しい方法をとってるんだろうか?と悩んだとき、
大丈夫だと安心させてくださったり、
逆に間違った方へ行きかけているぼくをいさめてくださったり。

長年抱えていた重荷を吹っ切る機会を与えてくださった皆さんに本当に感謝しています。
皆様のコメントがなければ未だにぼくは家族に相談することもできないままでいたでしょう。
重荷を下ろすことができたのはひとえに皆様のおかげです。

そして
「父のことをぼくが勝手に誤解しているのかもしれない。」
と思うきっかけを作ってくださったのは、
Doblogで読んだ、娘さんを思うお母さんの気持ちが書かれた暖かい記事でした。
それを読んだ時、涙があふれた。
とても父と話がしてみたくなって突然、里帰りしたのでした。
お正月すら滅多と里帰りしなかったぼくが夏休みに二度も帰ったので、
逆に父に心配をかけるようなことになったものの
ぼくが素直に父と対面することができたおかげで
長年凝り固まっていた誤解をぬぐい去ることができたのです。

皆様、本当にありがとうございました。

━・━・━・━・━・━・━・

告知された時には「何でぼくが?」と思いました。
怒りや悲しみが激しく渦巻いて、
どうしていいのか解りませんでした。
周りに当たり散らしたくなる気持ちを抑えるのに必死でした。

見舞いに来てくれた親友に耐えきれずに本当のことを話したら
こう約束してくれたのです。

「俺はお前と変わってやることはできない。
だけどお前の分まで強く生きてやる。
お前があの世でうらやましがるくらい幸せになってやる。
お前に恥ずかしくない生き方をする。
寿命を全うしてあちらの世界に行ったら
最高の笑顔でお前と再会するためだ。」

それは昨年、共通の友人の葬式の時に
彼の棺に向かってぼく自身が言った言葉でした。
なのに告知を受けて荒れた気分になり、
ぼく自身がその約束を忘れていました。
ですから親友が思い出させてくれて、
同じ事を約束してくれたことがとてもうれしいです。
そしてぼく自身も先に亡くなった友人に最高の笑みで再会しなくてはと思えるようになりました。

前にも書いたけど宿命は変えられない。
でも運命は変えられる。
嘆いても笑っても同じ一生なら
悲観ばかりしないでいいことばかり探してやる。
笑って生きてやる。
そう思えるようになりました。

おかげで今まで何の気なしに過ごしてきたありふれた出来事が
とても大切なことだったって解った。
それに自分ひとりで生きてきた訳じゃないってこと、
いろんな人から助けられて生かされていたことなどを実感しています。
今までは周りが見えてなかっただけで実はとても幸せなやつだったんだ。
遅かったかもしれないけど、気づけてよかった。

━・━・━・━・━・━・━・

「人間、死ぬまであんじょう生きたらええねん」
(あんじょう=ちゃんと)
昔、祖父がよくそう言っていました。
幼かったぼくは「当たり前やん」と思っていました。
だけど今ならよく解ります。

「与えられた寿命を生きればいい。
悔いのないように。
一期一会を大切に。」

そういう意味だったんですよね。

ぼくは残りの命をしっかり生きます。
あなたもあなた自身を大切にしてください。
誰のためでもない、
あなた自身のために
あなたの寿命を生ききってください。

そして他の人の命も大切にしてください。
どんな理由があっても簡単に人の命を絶つようなことはしないでください。
その人にはその人の人生があるのです。
あなたにその人の人生を奪う権利はありません。

ぼくは皆さんに出会えたことが幸運だったとはっきり言えます。
本当にありがとうございました。
心から感謝します。

ぼくが空から見てて悔しくなるくらい幸せになって下さい。
天寿を全うしたらぼくと会って大いに自慢してくださいね。
空よりあなたの幸せをお祈りしております。


以上が弟からの皆様へのお礼の言葉です。弟の心からの気持ちだと思います。
弟は入院後、間もなくして告知を受けました。最後の二つの記事を書いたときにはすでに自分が長くないことを承知していました。だからこそ、このような記事を書いたのだとわたくしは感じております。

彼は至って平静でした。あきらめではなく、受け入れたのでした。
そして健康な人間なら何とも感じないようなありふれた出来事を本当に幸せそうに受け止めていました。

弟に許された時間はあまりにも短かったですが、本当に一瞬一瞬を大切にしておりました。
ここの日記とわたくしたちに宛てた手紙を読み比べて、あることに気づきました。
今までは「一生懸命」と書いていたものが、告知を受けてからは「一所懸命」に変わっているのです。
おそらく「今、この一瞬一瞬を懸命に生きよう」と誓って意識的に変えたのだとわたくしは解釈しております。

幼い頃に祖父から聞かされた「死ぬまで生きればいい」という言葉をわたくしはすっかり忘れていました。一方、弟は常に頭に置いていたようでした。ここのブログにも何度か同じような言葉が現れます。祖父の言葉を幼いなりにも彼は感じるところがあったのだと思います。
そして自分の寿命が尽きかけていると知ったこのとき、改めて祖父の言葉を思い出し、「死ぬまで生きよう」と心に誓ったのでしょう。

弟はわたくしへの手紙にこんなことを書いていました。

きっとぼくがいなくなって何日もしない内に
職場の人や友達はいつも通りの日々を送るようになるんでしょうね。
そしてやがてお姉ちゃんたちもはじめからぼくがいなかったかのように
ぼくのいないことが当たり前のようになるのかもしれないと思うと寂しいです。
ぼくが生きた証しが消えてしまうようで。

だけど大切な人たちにはなおさらそうであってほしい。
いつまでも悲しまれるのは余計につらいことですから。
お姉ちゃんはいつまでもぼくの強いお姉ちゃんでいてください。
そして時折、ぼくのことを「あほなやつやったなぁ」と笑って思い出してください。
それで十分です。

と、ありました。
弟は傍目には淡々と入院生活を過ごしているように見えました。20代の若者が自分の死を前にしてこんなに冷静でいられるものなんだろうかと我が弟ながら不思議でなりませんでした。わたくしたちを困らせるようなわがまま一つ言いませんでした。きっと諦めたのではなく、受け入れたのだろうとわたくしは解釈しておりましたが、自分の存在が皆の記憶から消えていくことが恐ろしかったのだと思います。
皆様宛のこの手紙の中に「周りに当たり散らしたくなる気持ちを抑えるのに必死だった」と書いているのを読んで、わたくしにくらいは当たりちらせばよかったのにと思えてなりません。ですが当たり散らせば家族が悲しむと思ったのでしょう。弟は一度も家族や友人にすら当たることなく静かな日々を送ったのです。とてもつらかったはずなのに。

病気の時くらい家族に甘えてもよかったのにと思うと泣けて仕方ありません。姉の欲目かもしれませんが、そうしなかったのは甘えられない性分と言うだけではなく、弟の強さと優しさだったのだろうと思います。

彼はわたくしをことあるごとに「強い」と言いましたし、ここの日記にもたびたびそんなことが書かれています。
私自身も自分は弟よりも強いと長年思いこんでいましたが、本当に強いのは弟の方だったのではないかと今になって思います。本当に強い人は人に優しくできるのだと思います。弟は本当に優しい子でした。
わたくしは自分の弟を誇りに思います。

夏真っ盛りのある日、病室の窓の外をぼんやり見ながら弟は一度だけ「木蓮がみられへんなぁ」としみじみと呟いたことがありました。
弟は白木蓮の花が好きでした。花の中で一番好きだったそうです。
わたくしが見つけてきた木蓮の写真の裏に弟の字でこんな短歌が書かれていました。
「黄泉路には この木蓮の灯り欲し」
弟が作ったのかあるいは本で読んだのかはわたくしには解りません。
木蓮が黄泉路への花明かりの役目を果たしてくれればいいと思ったのでしょう。
それ故、春にしか咲かない花ですのでそう呟いたのかもしれません。
ですががんばった弟に白木蓮たちはきっとご褒美として黄泉路の案内をしてくれたことだと思います。

この手紙に書かれていた「弟が悔しがるほど幸せになる」という親友の約束は弟にとって最高にうれしいものだったと思います。このような約束をしてくださる友人がいたことがわたくしにとってもうれしいことです。
わたくしも弟に再会したとき、叱られないよう、誰よりも幸せに笑って暮らすとことを今は亡き弟に約束します。

わたくしまで長々と拙い文を書いてしまい申し訳ございません。
弟の心のつかえを聞いてくださり、わたくしに相談するようにアドバイスしてくださったこちらの皆様にわたくしからも心からのお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。

寒さがそろそろ厳しくなって参ります。
皆様、くれぐれもご自愛くださいますように。
[ 更新日時:2006/11/12 22:48 ]
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2006/08/07のBlog
7月20日から入院してます。
人に移る病気じゃないのが不幸中の幸い。
今日は30分だけパソコンの許可をいただいたので
皆さんに伝えておきたい言葉があるので久しぶりに更新します。
あわてて書くのでまとまりがないかもしれませんがご了承下さい。

●◎●◎●◎●◎●◎

もしあとひと月治療が遅かったら命に関わったかもしれないそうです。
でも幸い大事に至らずふた月くらいで退院できるそうです。
ぼくがビビりだったのが幸いして早く検査したおかげで早期治療ができました。

ただ自分がヘタしたら死んでたかも...と知って、ふるえが来るほど怖かったです。
感じたことはヤッパリまだまだ生きたいって事です。
やりたいことが山ほどある。
会いたい人もたくさんいる。
もっともっと仲良くなりたい人達がいっぱい居る。
こんな時に死にたくない。
悔いを山ほど残してしまう。
命の大切さを身をもって感じてます。
この先の人生は後悔のないように生きていきたい。

前に「死ぬまでにしたい10のこと」と言う記事を書きました。
自分の命に限りがあるとしたら何がしたいかと言う記事です。
1 父に今までの親不孝をわびる。そして礼を言う。
2 家族にありがとうという。
3 日本中を放浪の旅に出る。
4 友人一人一人に会う。
5 人に優しくする。
6 好きな女性を思いっきり抱きたい。
7 結婚する。
8 ある人の愛を受け入れる。
9 思ったことを言う。(主人公と同じ)
10 通りすがりの人達の笑顔の写真を撮りためる。
けどもしあのまま無理して仕事を続けてて、突然、ぶっ倒れてそのまま死んでしまってたとしたら何一つやれてなかっただろう。
だから無事に生きている今、できることはすることにしました。

入院したと聞いてあわてて駆け付けてきてくれた家族や友達には感謝した。
この人たちにもう一度会えてよかった。
生きててよかった。
そう思ったので、1,2はやりました。
友達にもありがとうと言いました。
3と10は退院できたら早速やってみようかな?

ただ6~8はやっちゃいけないな、と思い直しました。
相手に余計な想いを残してしまうことになると分かったから。
だからもっと前向きなことをただ今考え中。

●◎●◎●◎●◎●◎

Doblogを巡回してたら「死にたい」という記事を時々目にします。
けどあなた自身のために生きてください。
あなたのことが好きな人達を悲しませないでください。
自分を思ってくれてる人なんていない...なんて言う人がいるけど、
それはあなたが見えてないだけ、気付いてないだけだと思います。

ほんの少しだけものの見方を変えられたら、
生き方もほんの少し変えられると思う。
180度変えられたら、180度変わると思う。
宿命は変えられないけど、運命は自分で変えられるものだと思う。

どんなに辛くたってきっと夜明けは来ると思う。
ぼくも去年はいろいろあって大打撃を受けたけど、いいことも多かった。
記事はもう伏せてしまいましたが、
10年以上抱えてきた苦痛をDoblogに吐き出したとき、
皆さんが色んなアドバイスを下さって、
それがきっかけでぼくは自ら動き出した。

そのおかげで「家庭の中の他人」だと思っていた父と解り合えることができた。
姉の強さと優しさを改めて実感できた。
心身ともにか弱い人だと思いこんでいた母の芯の強さも知ることができた。
そして心から思ってくれる友人がいることが分かった。
これらは昨年の何よりの収穫でした。

受け身の態勢を捨てて、自分が動いたことで何かが変えられる。
そう実感した年でした。
今は生きててよかったと心から思う。
そしてこれから寿命尽きるまで精一杯生きたい。
あなたにもそんなときが訪れることを心から願っています。

ぼくが生きる喜びを知ることができたのはDoblogの皆さん、そして家族のおかげです。
皆さんに感謝します。
そしてお願いです。
体を大事にしてください。
少しでも調子がおかしいなと思ったら決して無理をしないで早めに診てもらってくださいね。
ぼくからの心からのお願いです。

●◎●◎●◎●◎●◎

しばらく治療に専念します。
元気になって戻ってきますので、それまで皆様、ぼくのことを忘れないでくださいね。

そして!
「自分でいい人って言うなんて気持ち悪い」とか
「タイトルの割には余り本音を書いてないですね」ってメールをもらったんですが、
そう思ったあなたはまだまだ甘い!と言わせてもらいます(^o^)

タイトルは
「ぼくがええ人って何を言うとおんねん。
そんなこと、いうヤツはぼくのことをよく解ってないヤツや」
って意味合いで付けてるんです。

本音も結構書いてますよ。
京都人の悪い癖である「イケズ」がふんだんに散りばめられてます。
京都出身のある女性にはしっかりバレてました!(^^ゞ
時間のある方は探してみてくださいね。
[ 更新日時:2006/07/28 10:31 ]
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Comment

編集
ありがとう
ぼくさんと約束したんじゃもんね。
ほんまにありがとう。
2009年04月27日(Mon) 00:58
Re: タイトルなし
編集
みんさま。
私は、あなたが心の底からだいすきだーーーーーーー。
2009年04月27日(Mon) 11:12












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